大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1677号 判決 1967年2月27日
控訴人 河野義一
控訴人兼控訴人河野義一補助参加人 河原勇雄
右訴訟代理人弁護士 村岡素行
被控訴人 西村卯之助
右訴訟代理人弁護士 赤木章生
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同趣旨の判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
被控訴人がその主張のように昭和三六年三月二日控訴人河野に対して金八〇〇万円を貸与して本件不動産につき代物弁済の予約を結び、昭和三七年八月三〇日同控訴人に対して右予約の完結権を行使したことおよび右不動産につき被控訴人主張の各登記がなされていることは、原判決が、その三枚目表三行目以下同裏九行目までにおいて、説示するとおりであるから、これを引用する。
そこで控訴人らの抗弁について判断する。
前記代物弁済の予約の目的となった本件不動産の価額をみるに、右予約の完結権が行使された日の翌日である昭和三七年八月三一日現在において、(イ)、≪証拠省略≫によれば、金二〇〇〇万円または金三、〇一四万六、〇〇〇円(その評価方法が異なるため右のような差異を生ずる)、(ロ)、≪証拠省略≫によれば、金二、〇六四万七、二八〇円、(ハ)、≪証拠省略≫によれば金一、三三六万二、〇〇〇円、(ニ)、≪証拠省略≫によれば約金一、三〇〇万円とそれぞれ評価されていることが明らかであるから、右不動産の価額は、昭和三七年八月三一日現在において、約金一、三〇〇万円ないし金三、〇一四万六、〇〇〇円であることが認められる。(なお右代物弁済の予約が締結された昭和三六年三月二日現在においても、本件不動産は右価額を超えることなく、むしろこれより下廻るものであることは、当時の物価の変動からみて推測するに難くない。)
すると被控訴人は控訴人河野に対する貸金八〇〇万円の代物弁済として、約金一、三〇〇万円ないし金三、〇一四万六、〇〇〇円の価額を有する本件不動産を取得する旨の予約をしていたものということができる。
ところで≪証拠省略≫によると、被控訴人は貸金業者であることが窺われるところ、貸金業者が金員を貸付けて抵当権の設定を受けるとともに更に債権担保の目的をもって抵当不動産につき代物弁済の予約を結ぶ場合には、元利金を併せた債権額を相当上廻る不動産をもってその対象とすることは顕著な事例であって、前認定のように被控訴人がその貸金債権額の四倍に近い金三、〇一四万六、〇〇〇円の価額を有する本件不動産を代物弁済として取得する旨の予約をした場合であっても(右不動産の価額は、前認定のように評価方法が異なることにより、或いは又評価する人の如何によって相当の開きがあるが、控訴人らに有利な最高評価額を基準として以下判断する)、被控訴人が巨利を博すべく、はじめから右不動産を処分する意図をもって控訴人河野の窮迫無経験ないし軽卒に乗じてこれを提供させた等の特段の事情を認めがたいときには、直ちに右予約を公序良俗に反し無効のものと解することはできない(昭和三五年六月二日最高裁判所第一小法廷言渡判決参照)。
そして本件においては、右に説示した特段の事情を認めうべきなんらの証拠もなく、かえって前記引用にかかる認定事実に、控訴人河原との関係においては、その成立に争いがなく、控訴人河野との関係においては、≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人は昭和三六年三月二日控訴人河野に対して金八〇〇万円を弁済期同年四月二日、利息年一割五分、遅延損害金年三割の約定で貸付けたが、同控訴人は弁済期を徒過し、昭和三七年一月以降被控訴人よりしばしばその履行を催促されても元金はもちろんその遅延損害金すらも支払うことなく、次第にその損害金の額も嵩み、同年八月三〇日には約金一六〇万円(昭和三七年一月一日より同年八月二九日まで年三割の割合による損害金)に達したので、被控訴人に対して右貸付元利金債務の代物弁済として本件不動産を取得されてもやむを得ないと申出で、被控訴人において同控訴人の右申出を考量して代物弁済の予約の完結権を行使するにいたったことが認められる。そうすると代物弁済の予約の対象となった本件不動産の価額が、被控訴人の債権額に比し四倍に近いものであったとしても、このような事由のみをもってしては、右代物弁済の予約が公序良俗に反し無効のものと認めることはできない。
控訴人らは、被控訴人が本件不動産について代物弁済の予約完結権を行使しないで、抵当権を実行したときには、本件不動産をもって被控訴人のみでなく、訴外林幹および控訴人河原もまたそれぞれ自己の債権の回収を図りえたものというべきところ、被控訴人は抵当権実行の方法をとらないで、林らの債権回収を不能ならしめて同人らに損害を与え、かつ自らは不当に過大な利益を得ることを目的として代物弁済の予約完結権を行使したことは、信義則に違反し、かつ権利濫用にあたると主張するので判断する。
前記引用にかかる認定事実に、≪証拠省略≫を綜合すると、
1、被控訴人が本件不動産につき抵当権設定登記ならびに代物弁済の予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経た後である昭和三七年三月三一日訴外林幹は控訴人河野に対して金四〇〇万円を貸付け、その際既に本件不動産には被控訴人のため被担保債権を金八〇〇万円とする抵当権が設定されていたが、右不動産の時価を約金一、三〇〇万円と見積り、従って未だなおその担保価値が残存しているものとして、右不動産につき、金四〇〇万円の貸金債権を担保するため抵当権を設定するとともに代物弁済の予約を結び、同年四月二七日右抵当権の設定登記ならびに代物弁済の予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、
2、控訴人河原は昭和三七年八月二四日同河野より右不動産を代金二、〇〇〇万円で買受け、同年九月三日その所有権移転登記を経由したこと、
が認められるところ、右事実に、前認定の本件不動産の価額および被控訴人の債権額を合わせ考えると、被控訴人が代物弁済の予約完結権を行使するときには、抵当権を実行する場合と比較し、林および控訴人河原においていくばくかの損害を受けることが窺われる。
しかし被控訴人が抵当権を実行するか、または代物弁済の予約完結権を行使するかは、債権者たる被控訴人の自由な選択に委ねられているところであるから、被控訴人が本件において後者の方法を選択したことは正当なものとして是認さるべきであり、これがため林および控訴人河原が本件不動産によりその債権を回収することができず、損害を受けるとしても、このような損害は林のためになされた抵当権設定登記または控訴人河原のためになされた所有権移転登記の時期が、いずれも被控訴人の代物弁済の予約を原因とする仮登記より後であり、該仮登記に順位保全の効力があることに基因するものであって、法律上まことにやむをえない損害であるといわなければならない。
そうだとすると、控訴人らの主張するような事由をもって、被控訴人の予約完結権の行使が信義則に違反し、かつ権利の濫用にあたるものとはいえないので、控訴人らのこの点の主張は理由がない。
なお控訴人らは、控訴人河野より被控訴人に対する本件不動産の代物弁済は、債権者である林および控訴人河原の貸金債権を害するためになされた民法第四二四条の詐害行為に該当し、右事実に、控訴人らが権利濫用の抗弁として主張した諸事情を合わせ考えると、右代物弁済は公序良俗に違反し無効のものであると主張する。
そこでこの点につき判断するに、詐害行為取消権の行使は、控訴人らも指摘するとおり、訴の方法によるべきものであって、抗弁の方法によることが許されないことは言うまでもない。しかして、控訴人河野より被控訴人に対する本件不動産の代物弁済が、仮りに控訴人ら主張のごとく債権者である林および控訴人河原の貸金債権を害するためになされたとしても、すでに認定した事実関係に徴すれば該代物弁済本契約が公序良俗に反し無効のものであるとは到底認めがたく、他にこれを是認するに足る証拠は絶えてないから、控訴人らの右主張もまた理由がない。
そうすると控訴人河野は被控訴人に対して前記仮登記に基づく本登記手続を、控訴人河原は、被控訴人が右本登記手続をなすについての承諾をそれぞれなすべき義務があるものといわなければならない。
よって被控訴人の控訴人らに対する本訴各請求はいずれも正当として認容すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三谷武司 裁判官 西内辰樹 砂山一郎)